経験サンプリング法(ESM)によって明らかにできることは沢山あります。
とても便利で、強力なツールであると言えます。
ただし、初めて学ぶ人にとっては、ESMは謎多き存在に見えることでしょう…それって何ができるの?何がわかるの?という疑問をお持ちになって当然と思います。
今回の記事では、そうした「よくある質問のひとつ」にお答えしていこうと思います。
ESMって何ができるの?という質問には、以下のようにお答えできます。
1.日常的な行動・判断・感情などについて明らかにできる。
2.あいまいな記憶に頼らず、経験時/経験直後のデータを集められる。
3.生起頻度の低い行動も観察できる。
4.ひとりの人間のなかでの時系列的変化パターンを知ることができる。
5.ひとりの人間のなかで変数間の因果関係を調べられる。
…などが挙げられます。これだけではありませんが、代表的なものをあげるとしたら、このようになるということです。
特に4.5.はESMの大きな強みですから、詳しく見ていくことにしましょう。
ESMによって時系列的変化や因果関係を検討する場合、その目的(リサーチ・クエスチョン)や変数の特徴に応じて、いくつかのタイプに分類できます。
A. 連続変量によって時系列的変化を測定したい。
(例:時間経過とともに気分状態が良くなる/悪くなるパターンを調べたいとき)
B. 二値変数の時系列的な変化パターンを検討したい。
(例:宿題をやった/やらなかった日が経過日数に応じて増えるか減るかを調べたいとき)
C. 原因(X)と結果(Y)の因果関係を検討したい。
(例:ストレスを感じる大きさ(X)が空腹感(Y)に影響を与えるかを調べたいとき)
D. 原因(X)と結果(Y)の関係性を媒介する変数(M)の効果を検討したい。
(例:周囲の人の有無(X)は自制意図(M)を媒介して喫煙行動(Y)に影響するかを調べたいとき)
上記A~Dはいずれも、ひとりの個人の中での変化や因果関係について取り上げていますから、基本的に個人内レベル(within-person level)に焦点をあてていると言えます。
ただし、ESMの特長のひとつは、さらに上位の分析レベルとして個人間レベル(between-person level)を設定するという点があります。
つまり、個人と個人の「間」で比べることもできるということです。
したがって、以下のような研究目的にもESMを適用することができます。
E. 各群における時系列的変化のパターンが異なるかを知りたい。
(例:実験群は時間が経つほど不安が軽減されるが、統制群には変化がないことを示したいとき)
F. 個人差変数が、原因(X)と結果(Y)の関係性を調整するかを知りたい。
(例:特性自尊心の高低に応じて、脅威を感じる大きさと攻撃行動の関連のしかたが異なるかを知りたいとき。)
さらに、研究目的によっては、個人内/個人間という2つのレベルばかりではなく、ペア(夫婦・親子などの2者間の相互作用あり)や、集団(学校のクラス・職場の部局などグループ内の相互作用あり)といったさらに上位レベルを設定する場合もあります。
このように、階層性のあるデータ構造になっており、複数のレベルにおける分析ができることが、ESMの強みであると言えるでしょう。
参考文献:
Bolger, N., & Laurenceau, J. P. (2013). Intensive longitudinal methods: An introduction to diary and experience sampling research. New York: Guilford Press.
【ビギナーさんへのアドバイス】
あなたが何か特定の研究目的(リサーチ・クエスチョン)を持っていて、ESMを使って検討したいと考えているのであれば、それが上記のA~Fのどれにあてはまるのか(あるいはあてはまらないのか)を、まず、よく考えてみましょう。どのタイプの研究目的なのかに応じて、ESMデータの取り方や、適切な分析方法が異なってきます。
もし、まだ計画のごく初歩の段階にあり、研究目的(リサーチ・クエスチョン)が明確になっていない…という場合は、自分の関心のあるテーマについて、上記のA~Fのタイプの問いを作るとしたら、それぞれどのような内容の疑問文が作れるのかを考えてみましょう。それらの中から、興味の持つことのできる、そして意義があると思えるものをピックアップしていくと良いでしょう。
自分の考えている研究目的(リサーチ・クエスチョン)が、上記のA~Fのいずれにも当てはまらないという場合には、高度なモデリングが必要になるかもしれません。例えば、タイムラグ(time1がtime2に影響を与えること)を組み込んだモデルや、2者間の相互作用的影響を取り入れたモデルなどです。こういった高度なモデルについても、ESMによってデータ取得し、マルチレベル分析にかけることによって、検証が可能になります。ただし、ESMの手続きや設問を適切に用意することや、分析に特殊なソフトウェアを使うことが必要となってくる場合がありますので、充分な準備期間をもって、よく下調べをしてから臨みましょう。研究目的や手続き・分析に関して、自分のやりたいことと類似している先行研究や書籍を見つけ、それらをお手本としながら準備を進めると良いでしょう。
【予告】
次回は、「ESMにはどんな種類があるの?」という疑問にお答えしていきたいと思います。1日1回の報告をもとめる日誌法(diary method)や、シグナルを受け取ったら報告する方法(signal-contingent design)、特定の出来事を経験したら報告する方法(even-contingent design)など、さまざまなタイプのESMを紹介します。
また、次々回以降には、「マルチレベルモデリング――階層性のあるデータを分析する」や「回答率を上げるコツ」等についても取り上げたいと思っています。
今後もぜひ、お楽しみに。
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